2007,07,01, Sunday
今回ご紹介します映画は……は・だ・か祭り~~~ 違うって…
「DENIAL / Can you let go ?」
解説:現実と夢現の関係が壊れはじめる時には、夢の女性と現実の間の選択をしなければならない。
どのようにして、寂しさと悔いが人の正気の限界を試すことができるのか。
ジョエル・ケリー監督
コートーニ・フォード / Woman
ブランドン・ラウス
2006年度作品
(・ω・)ノ■ 肉体フェチのあ・な・たに捧げます (・ω・)ノ■ だから、違うって…
映画「DENIAL」のワンシーンから~。

BJの筋肉はごつごつしていないで、まるいから、好きですねー

……ズボンだけでは飽き足らず、パンツまでずらして腰ではいているんですかい!
↑の2点は、かなり前にBJを探していたらたどり着いた、海外の、裸の男性の映像ばかり集めたサイト様から拾ってきました 【爆
いきなりBJの画像がTOPにあったので、それを拾ってそのままおさらばしました。
ので、サイトの中を確かめていないからよく判らなかったのですが、TOPにはBJ以外にもいい肉体の男性ばかりの裸ばかり(さすがにTOPに全裸はなかったよん。でも、中身は( ´ー`)シラネーヨ)だったので、そっち方面の方専用サイト様だったのかしらん…
―――しかし、7月のっけからこれですかい!
というか、どこが映画の感想ですねん……
まぁ、米の国でしか変えない配信映画なので、ハワイあたりにでも出掛けると買えるかと…… ┐(´д`)┌
こんなアホ丸出しな紹介ですが、映画の内容は短編シリアス・ドラマですので~。







しかし、おなかが減った……
<追記>
今日、ショッピングデパートに行ったところ、トランクス(ボクサーパンツ?)でも腰で穿くローライズがあったんですねー。
ワゴンセールで、どかっと並べてありましたです…w
BJごめん…わざとパンツをずらしていたわけじゃないのね……。
でも日本の男の子のアレは、何とかならんのかね…ただでさえ短い脚が……汚ねーパンツ見せてんじゃね~~
と、思うわけですよ、ハイ。
続き▽
2007,07,03, Tuesday
ジャパンライフCF 1983年(?)~

乾いた土の上をはだしで激しく舞うナスターシャ、まるで
スペイン人の熱い血が流れているみたいだ。あとできけば、足を少し痛めたという。
役になりきっているから気にならない―――これが女優魂。
このジャパンライフCFは、名作の女を描く。次は、「ロミオとジュリエット」編。
きっとまた僕の目を奪うだろう……ナスターシャ。


スペインはセビリア。ギラギラ照りつける太陽が、
西の空に傾き、円形の闘牛場が半分影でおおわれると、いよいよ闘牛が
始まる。ナスタシャーのCF撮影も、このしきたりに
のっとって行われた。彼女が演じるのは情熱の女、カルメン。


年代がはっきりしていないものです。
1980年8月25日に映画「テス」のキャンペーンで来日したときに、このジャパンライフとサントリーとCF契約が決まったようなので、上記の年号にしました。
放映が始まったのは、もう少し後だったのかもしれません。
1980年に映画雑誌は購入するような年齢でもなければ、資金(おこづかい)もなかったので(そもそも、まだおこづかいをもらえるような年じゃ……)。
後年に古本屋で手に入れたものかもしれませんが。
この特集の裏に、薬師丸ひろ子のエジプト旅行記(映画「メイン・テーマ」(1984年公開)の撮影前らしい)がありました、ので、ということは1983年のCF?←修正
ところで、ナスターシャのお父さんって…映画「ノスフェラトウ」(「フライトナイト」で書いたんですが、のったりとした進行のよく判らんかった映画と評してしまった…)などのヨーロッパの映画界で絶大な人気を得た性格俳優クラウス・キンスキーだったんですねー。
なんか、監督つながりとか、音楽つながりとか、配役つながりとか…で、どんどんつながっていく~~~ww
■ナスターシャ・キンスキー■
本名:Nastassja Aglaia Nakszynski
生年月日:1961年1月24日
出身地:ドイツ・西ベルリン生まれ(ロシア人とドイツ人の混血)
身長:169cm - 173cm(ファンサイトのバイオグラフティーでは173m)
と、言うことは、このCFのときは20ちょいくらい?
すごい大人っぽくて、セクシーですねv
<追記>
またもや、アホさをさらしてしまいましたw
修正修正、あっちこっち修正しまくリング βακα..._φ(゚∀゚ )アヒャ
投稿する前に、確認・調べろってことですね~。
相変わらず進歩のないことで、すみません……とほほほ

乾いた土の上をはだしで激しく舞うナスターシャ、まるで
スペイン人の熱い血が流れているみたいだ。あとできけば、足を少し痛めたという。
役になりきっているから気にならない―――これが女優魂。
このジャパンライフCFは、名作の女を描く。次は、「ロミオとジュリエット」編。
きっとまた僕の目を奪うだろう……ナスターシャ。


スペインはセビリア。ギラギラ照りつける太陽が、
西の空に傾き、円形の闘牛場が半分影でおおわれると、いよいよ闘牛が
始まる。ナスタシャーのCF撮影も、このしきたりに
のっとって行われた。彼女が演じるのは情熱の女、カルメン。


年代がはっきりしていないものです。
1980年8月25日に映画「テス」のキャンペーンで来日したときに、このジャパンライフとサントリーとCF契約が決まったようなので、上記の年号にしました。
放映が始まったのは、もう少し後だったのかもしれません。
1980年に映画雑誌は購入するような年齢でもなければ、資金(おこづかい)もなかったので(そもそも、まだおこづかいをもらえるような年じゃ……)。
後年に古本屋で手に入れたものかもしれませんが。
この特集の裏に、薬師丸ひろ子のエジプト旅行記(映画「メイン・テーマ」(1984年公開)の撮影前らしい)がありました、ので、ということは1983年のCF?←修正
ところで、ナスターシャのお父さんって…映画「ノスフェラトウ」(「フライトナイト」で書いたんですが、のったりとした進行のよく判らんかった映画と評してしまった…)などのヨーロッパの映画界で絶大な人気を得た性格俳優クラウス・キンスキーだったんですねー。
なんか、監督つながりとか、音楽つながりとか、配役つながりとか…で、どんどんつながっていく~~~ww
■ナスターシャ・キンスキー■
本名:Nastassja Aglaia Nakszynski
生年月日:1961年1月24日
出身地:ドイツ・西ベルリン生まれ(ロシア人とドイツ人の混血)
身長:169cm - 173cm(ファンサイトのバイオグラフティーでは173m)
と、言うことは、このCFのときは20ちょいくらい?
すごい大人っぽくて、セクシーですねv
<追記>
またもや、アホさをさらしてしまいましたw
修正修正、あっちこっち修正しまくリング βακα..._φ(゚∀゚ )アヒャ
投稿する前に、確認・調べろってことですね~。
相変わらず進歩のないことで、すみません……とほほほ
2007,07,05, Thursday

元ネタ古! わかんない人多数
このアニメは実のところ観たことがなかったりして~~
BJ宛のファンレターは、
c/o Kazarian/Spencer & Assoc.
11969 Ventura Blvd. 3rd Floor
Box 7409
Studio City, CA 91604
USA
に送るか、
c/o Main Title Entertainment
5225 Wilshire Blvd
Suite 500
Los Angeles, CA 90036
USA
に送るといいそうです~
昔、英語でファンレターを送ったことがあるんですが
(もちろん、当たり前田のクラッカーBJではないよん。海外との文通とかがはやっていたし…)~~~
……
続き▽
2007,07,08, Sunday
「アラバマ物語」解説:【人種差別と闘いながら真の正義を貫いた弁護士と家族の絆の物語】
アラバマ州の小さな街に住む弁護士アティカス・フィンチ(グレゴリー・ペック)は、妻を亡くし、子供たちと暮らしている。
彼は、ある婦女暴行事件の容疑者にされた黒人青年の弁護を担当することになり、人種差別と偏見に立ち向かいながら、青年の無実を晴らそうと奔走。
町民たちはこれを快く思わず、アティカスや子供たちへの風当たりは強くなる。
それでもなお信念を貫くアティカスの姿に、子供たちも正義の尊さを学び、次第に人間として成長していく。
正義感と優しさを併せ持つ弁護士であり、よき父親でもある主人公アティカスを好演したグレゴリー・ペック(「ローマの休日」)は、本作で見事アカデミー賞主演男優賞を受賞。
また、精神障害者の役でロバート・デュバル(「ゴッドファーザー」)が映画デビューを飾っている。
原作:ハーバー・リー
監督:ロバート・マリガン
1962年度作品 / モノクロ

―――この美しい物語を、世のすべての親たちに捧げる。
受賞履歴
■1961年: ピューリッツア賞
■1962年・第35回 アカデミー賞
■1962年 第20回 ゴールデン・グローブ賞
■2003年6月4日 米国映画協会

閉鎖的な南部を舞台に、人種差別問題、父親の苦難、町の人々との交流を、その不条理さを徹底的に描きあげるのではなく、最初から最後まであくまで子供の目を通して描かれています。
子どもゆえにその不条理さが理解できない。
そして、じっと手を挙げることなく、静かに耐える父親が言う、「相手の身になって考えろ」の意味が判る時、原タイトル「ものまね鳥を殺すには」の意味も判ります。

―――格好つけて書いていますが、この作品を観たのが13・4才くらいの時だったので、後半の法廷展開は難しすぎて悩んだという……。
ものすごく静かな、尊厳のある作品です。
DVDでも買って、ちゃんと観直そう……。







|∀・).。oO(過去記事に写真を増やしたり、ちょっとあっちこっちいじくりました~。
誰も見なくてもいいの、自己満足だから~~
ところで、「BJがペックでマリーさんが燃え上がっているのか、よく判りますよねー」と「往年のクラークにぴったり……個人的感想」を判っていただけましたでしょうか?
往年というのか、原作のクラークの風貌のヴィジュアル・イメージに近い気がするのです。)
<追加 7/8 13:16>
追加の追加。
写真を5点追加して、ちょっと編集。
2007,07,09, Monday

( ゚∀゚)ノ ちょいと、訊いてくださいよぉ~~ ( ゚∀゚)ノ
スパムメールが着たんですよ! (ただいまの数~~40通~~~)
それは問題ではないのですが、というか、今更よ
そ、送信者が……
「Brandon」
ちょっと、BJ~~!! 何やってんのよ!!! プンプン o(`ω´*)oプンスカプンスカ!!
……違うって (乂∀・)┌┛)`д)・∵.
2007,07,10, Tuesday

**「GRIDIRON authentics」 というお店のBJのコーナーのトップに、今回新規にアップされているモノです**
要するに、評論家が褒めているコメント集ですね~~~~v
2007,07,11, Wednesday

■ グレゴリー・ペック ■
本名:エルドレド・グレゴリー・ペック / Eldred Gregory Peck
ニックネーム:Father Peck / Greg
生年:1916年4月6日
没年:2003年6月12日(87歳)
出身地:アメリカ / カリフォルニア州 ラ・ホヤ
身長:191cm (少年時代から、この長身に対してコンプレックスを持っていたため、猫背になる)

6歳の時に両親が離婚。
薬剤師だった父に引き取られ、祖母のもとで育てられる。
陸軍学校を卒業した後、父親の希望でカリフォルニア州立大学の医学部に入学するが、家計が苦しいことを知り大学を中退し、石油会社に勤める。
その後、友人の薦めで大学に戻って薬学を専攻。
大学では、ボート部に入ってレガッタの選手となるが、試合中に脊髄を痛めて引退。
スポーツ選手への夢を断たれたペックは演劇に興味を持ちはじめ、大学の演劇部に参加する。
大学を卒業後、演劇を目指してニューヨークへ渡る。

2003年6月12日、ロサンゼルスの自宅で、87歳で老衰により死去。
奇しくも、2003年6月4日、米国映画協会より、『過去100年の映画ヒーロー・ベスト50』にて、インディ・ジョーンズ(2位)とジェームズ・ボンド(3位)を抑えて第1位:アティカス・フィンチ弁護士が選ばれた。
品位にあふれた紳士的で優しい人柄、誠実で温厚な人格者として人々の尊敬を集め、「アメリカの良心」ともいわれた。
リベラルな政治思想を持つペックは、政治にも積極的に参加。
「あらゆる差別に反対する」 「核軍縮は私の人生にとって最大の関心事だ」 などの言葉を残している。
第36代合衆国大統領リチャード・ニクソンの政敵リストにあげられ、共和党からの政界進出を噂された事もある。

ハリウッドの俳優組合会長を務めたこともあり、俳優救済基金を設けて恵まれない俳優たちを援助。
1964年度のアカデミー賞では、欠席がちだったスターたちに授賞式への参加を呼びかけて式を成功させるなど、アカデミーに多大な貢献をしたことから1967年にはジーン・ハーショルト友愛賞が贈られ、1967年から70年まで第17代アカデミー協会会長を務めた。
また、ジョセフ・コットン、メル・ファーラーらと共に「ラ・ホヤ・プレイハウス」を創設して新人俳優の育成にも務め、1989年にはアメリカ映画協会から生涯功労賞が授与された。
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→ これは……
ちょっと(服装といい、かなり)加山雄三ちっく……。




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US star and guest of honor

■ 主に受賞した賞 ■
※44年「王国の鍵」 46年「子鹿物語」 47年「紳士協定」 49年「頭上の敵機」 で、アカデミー賞主演男優賞にノミネート

■ 会長歴 ■


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