2008,12,21, Sunday

BTK キラー
1974年から1991年にかけて10人以上殺した連続殺人鬼デニス・レーダー。
彼は自らを、Bind=縛る、Torture=拷問する、Killer=殺人者の頭文字をとり、メディアに対してBTKと名乗っていた。
教会では重要なポストにつき、良き夫であったレーダーの事件をモチーフに、殺人者の心理を描き出すサスペンス・スリラーです。
監督を務めたのは、ドイツ出身のウーリー・ロメル。
殺人鬼に襲われる悪夢に悩むニュースキャスターのレイシー。彼女のもとにはビル・ト-マス・キルマンと名乗るBTKキラーから、自分のことを公表するように脅迫文が送られてきていた。
テレビ局側は、レイシーの反対を押し切って、視聴率のためにその要求を飲むことを決断する。
その頃、ニュースを自宅で聞いていたひとりの男が、自分の犯罪記録を思いだそうとしていた…。
監督・製作・脚本:ウーリー・ロメル/音楽:ロバート・J・ウォルシュ
出演:ジェラルド・グリスバーム、エリック・B・ゲールマン、ヴィクトリア・ウルマン、シャラ・ファーナンデス 他
2005年 / アメリカ
実在の人物をモデルにした映画なんですが、これまた評判悪しw
本当に最近はこういった説明がない、怒涛のように映像が押しかける映画の見方を知らない人が増えたんだな…と、感想を読んでつくづく思いました。
このデニスが育った環境が詳しくわかっていないのでよく判らないのですが、どうにも典型的なシリアルキラーだったようです。
偏見だといわれるのを覚悟して書きますが、
こういった趣向のある人物がトサツ場(今は差別語に当たるそうです)近くで育った、あるいは勤めていた。
それはその趣向を強幅させることになります。
あと、この映画で描かれているように宗教に倒錯していたことは事実らしいのですが、もし彼の告白どおりで母子家庭でその母親が宗教に倒錯していたのならば、虐待があったと考えてもいいでしょう。
今と違って、虐待に対しては理解のなかった時代です。
戒律に厳しいと、あれをしてはいけない、これをしてはいけない、女の子と付き合うことは罪悪だ、などと言っては体罰を与えていた可能性があります。
抑圧された性的欲求はゆがみ、虐待によって人格がゆがむ。
母親を憎むことによって、女性嫌悪が始まる。
あるいは父親がそうであり、女性に対しては何をしてもいいというものが心奥深くに刻まれてしまう。
シリアル・キラーではこの手の環境が結構多いのも事実なのです。
デニス・レイダー(Dennis Lynn Rader 1945年3月9日) K-タイプ(24分類:KE)
BTKキラーとして知られ、1974年~1991年の間に10人も殺害したシリアルキラー。
2005年8月18日 禁固175年の判決が下る。
はっ、映画の感想じゃねえw
たぶん、向こうでもあまり彼の真実がわかっていない(彼自身の告白による経歴は嘘ばかり。事実だったのが空軍に勤務していたことだけ)のかもしれませんが、唐突に終わったいう感がぬぐえません。
彼の育った環境などが一切描かれていない、よって彼があれほど宗教に倒錯していた時期に無犯行でいられたのはなぜかわからない。
性的夢想(sexual fantasies)の実現が動機だったようですが、なぜ8年のときをえて再犯2件、また5年の歳月を明けて1件の再犯を犯したのか。
そのあたりの心理が描かれていないので、本当に快楽殺人としてだけしか描かれていません。
後、ストーリー案内であるアナウンサーの女性のからみがうるさすぎるかな…。
そのあたりの彼の執着心が描かれていなかったので。
自己顕示欲の塊の男が選んだ、自己を知らしめるために選んだ使途としては弱い気が…。
後、この手の顔が本当に好きなんですねー、監督。
とにかく、快楽殺人者、隣のよき隣人は多重人格の連続犯だった。
って感じでした。
シリアル・キラーの視点から描いた映画なので、もうちっと女性アナウンサーがおびえてみる夢じゃなくて、共鳴を起こしているなら起こしているで、もっと彼の深層心理に迫った夢として描いて欲しかったですね。
続き▽
2008,12,20, Saturday

「ブラック・ダリア キラー」
血の花が咲く
1947年ハリウッド近郊で、女優志願だった女性が腰からふたつに切断され全裸死体で見つかった実在の事件ブラック・ダリア。
近年ブライアン・デ・パルマによって映画化されたことでも知られる、迷宮入り事件をモチーフに、独自の解釈を織り交ぜて描かれるサスペンス・スリラー。
監督を務めたのは、ドイツ出身で、俳優としても自身の映画に出演することがあるウーリー・ロメル。
映画のオーディンを受けにきた女性が惨殺される事件が発生。
それはかつて起こったブラック・ダリア事件を連想させる悲惨な事件だった。
捜査にあたった新人警官ケインは、生前のブラック・ダリア事件の被害者に会ったというプロデューサーの記事を発見。
早速会いにいくが…。
監督・製作総指揮・脚本:ウーリー・ロメル/原案:ジェフ・フレンツェン
出演:メリッサ・ダウリング、サットン・クリストファー、クリスチャン・ベーム、ジェド・ローウェン、ノラ・ローパー
2006年 / アメリカ
この監督さんは、この手の映画ばかり撮っているというのか、出演しているというのか……。
よく言って難解ですが、「愛の物語」ですね~。
ただし、かなり評価が悪い作品です。
後、グロテスクなものが苦手な人は観ない方がいいかもw ←この点でも評価が悪いw
自分はスプラッターにホラー漫画などが全盛期世代なので、平気でしたが。
スプラッター扱いしていますが、スプラッターってもっと意味もなく ぶしゃーぶしゃーべちゃべちゃ やっていませんでしたっけ??
映画の定義が変わったのかしら?
まぁ、初代「悪魔のいけにえ(テキサスチェーンソー)」を観て、なんか拍子抜けした人間が言うべきことではない気もしますが…。【汗
期待しすぎたのかも…しれませんが。いや、でも、、あの映画は定番のバカップルにいらいらする登場人物ばかりだったし…。
そういえばブギーマン? 「ハロウィン」もあらまぁ…って感じだったしw
あと、冷静に観察してしまう気がある(えー? 殺された人間の肉ってあんなにふにょふにょしてんのか!??? 筋肉が恐縮とかしているのでは…とかw)ので、余計に平気なのかも。もちろん、生ものではないですし。
この映画は殺されるシーンでは女優さんの顔と実行犯の顔しか映っていません。あと血しぶき!
各女優さんたち(4人)の延々と続く、苦痛の演技の見所? ←意味もなく長いw
で、映画が進んでくるとそれプラス解体作業がちらほら出てくるんですが…。
インサイドに切り開き~内臓がごろごろー、とかはないので、その点はご安心を。
まぁ、意味もなく叫びシーンを引っ張るので、その点でもだらだら~といった印象は受けるんだと思います。
実際、観ていて……最後まで観て消化しないと、繰り返される悲鳴と拍子抜け踊りにさすがのわたくしもイライラしてきましたものw
この映画を観て、どこが愛の物語やねん! 悪趣味すぎる!!
なんて言わないでください 【笑
いえ、これが本当に「愛の物語」なんですよー。
繰り返しますが、繰り返される同じような映像に辟易してくるかもしれませんが、観るからにはちゃんと観てくださ~い。
微妙に映像が変わっています、本当にビミョウですが。
私個人としては、繰り返される殺人現場で踊り狂う(?)犯人たちの背後に流れる、古きよき時代の音楽(レッツ・ダンス・ユア~~♪)になんか腹が立ってきましたがw
いやぁー、だってなんか間抜けなんだもの……間抜けというよりも拍子抜け?
新人刑事が単独捜査活動することによって、物語は急展開していきます。
急展開しすぎて、「えー…(´゚д゚`)」って感じでしたが。
たぶん…この作品は、映像展開の見方を知らなかったらぜんぜん話しが判らないと思います。
※以下ネタばれ※
ブラック・ダリアという女優が47年にバラバラ死体で発見されるという事件が起こる。
それと同じ手口の事件が多発するんですね、60年後に。
で、調べていくうちに先輩刑事が言っていたこの事件と酷似しているという60年前にあったというバラバラ殺人ブラック・ダリア事件で、最後にブラックダリアと会ったプロデューサー・オマーンに会いに行くんですよ、新人君が単独で。
で、ビデオ屋の店員で、
「ブラック・ダリアに興味があって会いに来た」と言う。
で、数回会うんですよ。
その間にも事件が次々起こっている。
警察はオマーンはもう爺だから、こんな殺人を起こせるはずがないから、この連続殺人事件とは関係がないだろうという方向。
女刑事さんは、オマーンのことが頭から離れないから
爺に会いに行け
って話しになるんですよ。
新人君がすでに会ったって言ったら、もう一回会いに行けって(酔っ払い(これ重要w))相棒が。
で、会いに行っているんですな。
自身も知らずにブラック・ダリアにとりつかれているんだけれども。
寝ても起きても、頭の中ではブラック・ダリアのことばかり。
この新人君はやはり現代っ子なので、自身の足を使って捜査というよりもネットを使って捜査。
で、ネットで調べるうちに
ブラック・ダリアにそっくりな女優をオーディションで募集!
という記事を見つけるのです。
ダウンタウンの倉庫が会場という情報だけなので、それらしき物件を単独で探しているうちにたどり着きます。
相棒である先輩刑事は、連日起こるうら若き乙女のバラバラ殺人に酒におぼれる日々。役に立ちません。
その頃現場ではブラック・ダリア瓜二つの女性を見つけたことに、歓喜する殺人の主導主犯(オマーンの女孫)。
「見つけたわ!」
オマーンを呼び出すと。
ブラック・ダリアが着ていたドレスにその女優を着替えさせているところに、新人君が。
で、とっつかまって、まだ刑事だとばれていないから、
「この映画に興味があるから映画に出たいから出演させてくれ、友達だろう?」
って交渉をするんですよ。
で、「映画に出たいのか?」
「何でもするよ」そのときにこっそり先輩にポケベルで緊急呼び出しをかけている。
で、台に縛り付けられ(共犯者は巨大男ふたり)、
なぜ、こんなことをしたのかって言う話しになり、
「オマーンが最後にブラック・ダリアに会いたがっていたかったからよ」
で、サバイバルナイフのでかいやつで腹をぐさぐさぐさ~~~
そのときに先輩到着ー!
順次応援の刑事も到着!
最後の言葉は、女孫の
「愛のためにしたことよ」
なんですが、
過去の映像がちらちらフラッシュバックするんですな。
ここのあたりが映像の見方を知らないと、話がまったくわからないと思います。
新人君が、目玉くりぬかれたことにも意味があったんですよ。
ブラック・ダリアを殺してバラバラにしたのがオマーンなんですが(これは、映画中に明確に説明はなし)、
だからこそ、
「すべては愛のために」
なんですよ。
ブラック・ダリアには当時好きな男がいて、それが盲目の男性で、しかも新人君にそっくりだったと…。
↑
これが白黒映像で、ぱぱぱっとラストに流れるんですよ。
白い杖を持った男性が遠くから歩いてくる。
二人は抱き合う。
男性は黒いサングラスをしている(そのことから、男性が盲目だと判る)。
うっとりと腕に包まれるブラック・ダリア
モノクロからカラーへ、過去から現代に入れ替わるふたり
その後、現代で、新人君の首に手を当てて顔をそらす先輩デカのシーンでエンドロールに突入。
だから、現在のことなのか過去のことなのか、物語の見方を知らないと判らんかとww
残虐シーンと単調に繰り返される過去映像
そして、その変化をちゃんと見ていないとわからないと思います。
劇中で説明されていることすら、ブログとかの映画館層とか読むと判っていない人が増えているから、
こういう説明のない映画はグロテスクなシーンだけに目が行ってしまい、話がまったく理解できないと思うのでした。
嫉妬した、公私混同したプロデューサーに殺されたブラック・ダリア。
それが現代にも繰り返されて、
今度はブラック・ダリアは殺されることなく、
恋人が殺されたと。
悪魔が悪事を繰り返し、その後天使が光臨する
っていう聖書の一説が映画の最初に読まれているんですが(墓の映像とともにその天使像の映像もちらちら映画中に挟まれる)、
まぁ、深読みすると、
自分が助かろうとすると相手が死に、
相手が死ぬと自分が助かる。
永遠にふたりは一緒になれない。
「すべては愛のために」
ですな~~。
あっ、後、あの意味のよく判らない軍隊の洗脳訓練みたいなのは、しょっぱなに出るジュネーブ協定の説明にかかってきます。
続き▽
2007,07,08, Sunday
「アラバマ物語」解説:【人種差別と闘いながら真の正義を貫いた弁護士と家族の絆の物語】
アラバマ州の小さな街に住む弁護士アティカス・フィンチ(グレゴリー・ペック)は、妻を亡くし、子供たちと暮らしている。
彼は、ある婦女暴行事件の容疑者にされた黒人青年の弁護を担当することになり、人種差別と偏見に立ち向かいながら、青年の無実を晴らそうと奔走。
町民たちはこれを快く思わず、アティカスや子供たちへの風当たりは強くなる。
それでもなお信念を貫くアティカスの姿に、子供たちも正義の尊さを学び、次第に人間として成長していく。
正義感と優しさを併せ持つ弁護士であり、よき父親でもある主人公アティカスを好演したグレゴリー・ペック(「ローマの休日」)は、本作で見事アカデミー賞主演男優賞を受賞。
また、精神障害者の役でロバート・デュバル(「ゴッドファーザー」)が映画デビューを飾っている。
原作:ハーバー・リー
監督:ロバート・マリガン
1962年度作品 / モノクロ

―――この美しい物語を、世のすべての親たちに捧げる。
受賞履歴
■1961年: ピューリッツア賞
■1962年・第35回 アカデミー賞
■1962年 第20回 ゴールデン・グローブ賞
■2003年6月4日 米国映画協会

閉鎖的な南部を舞台に、人種差別問題、父親の苦難、町の人々との交流を、その不条理さを徹底的に描きあげるのではなく、最初から最後まであくまで子供の目を通して描かれています。
子どもゆえにその不条理さが理解できない。
そして、じっと手を挙げることなく、静かに耐える父親が言う、「相手の身になって考えろ」の意味が判る時、原タイトル「ものまね鳥を殺すには」の意味も判ります。

―――格好つけて書いていますが、この作品を観たのが13・4才くらいの時だったので、後半の法廷展開は難しすぎて悩んだという……。
ものすごく静かな、尊厳のある作品です。
DVDでも買って、ちゃんと観直そう……。







|∀・).。oO(過去記事に写真を増やしたり、ちょっとあっちこっちいじくりました~。
誰も見なくてもいいの、自己満足だから~~
ところで、「BJがペックでマリーさんが燃え上がっているのか、よく判りますよねー」と「往年のクラークにぴったり……個人的感想」を判っていただけましたでしょうか?
往年というのか、原作のクラークの風貌のヴィジュアル・イメージに近い気がするのです。)
<追加 7/8 13:16>
追加の追加。
写真を5点追加して、ちょっと編集。
2007,07,01, Sunday
今回ご紹介します映画は……は・だ・か祭り~~~ 違うって…
「DENIAL / Can you let go ?」
解説:現実と夢現の関係が壊れはじめる時には、夢の女性と現実の間の選択をしなければならない。
どのようにして、寂しさと悔いが人の正気の限界を試すことができるのか。
ジョエル・ケリー監督
コートーニ・フォード / Woman
ブランドン・ラウス
2006年度作品
(・ω・)ノ■ 肉体フェチのあ・な・たに捧げます (・ω・)ノ■ だから、違うって…
映画「DENIAL」のワンシーンから~。

BJの筋肉はごつごつしていないで、まるいから、好きですねー

……ズボンだけでは飽き足らず、パンツまでずらして腰ではいているんですかい!
↑の2点は、かなり前にBJを探していたらたどり着いた、海外の、裸の男性の映像ばかり集めたサイト様から拾ってきました 【爆
いきなりBJの画像がTOPにあったので、それを拾ってそのままおさらばしました。
ので、サイトの中を確かめていないからよく判らなかったのですが、TOPにはBJ以外にもいい肉体の男性ばかりの裸ばかり(さすがにTOPに全裸はなかったよん。でも、中身は( ´ー`)シラネーヨ)だったので、そっち方面の方専用サイト様だったのかしらん…
―――しかし、7月のっけからこれですかい!
というか、どこが映画の感想ですねん……
まぁ、米の国でしか変えない配信映画なので、ハワイあたりにでも出掛けると買えるかと…… ┐(´д`)┌
こんなアホ丸出しな紹介ですが、映画の内容は短編シリアス・ドラマですので~。







しかし、おなかが減った……
<追記>
今日、ショッピングデパートに行ったところ、トランクス(ボクサーパンツ?)でも腰で穿くローライズがあったんですねー。
ワゴンセールで、どかっと並べてありましたです…w
BJごめん…わざとパンツをずらしていたわけじゃないのね……。
でも日本の男の子のアレは、何とかならんのかね…ただでさえ短い脚が……汚ねーパンツ見せてんじゃね~~
と、思うわけですよ、ハイ。
続き▽
2007,05,29, Tuesday

「スチュアート・リトル」
解説:身寄りのない小さなネズミのスチュアート、彼は自分のいるべき場所、心のよりどころを求めてリトル家の養子としてもらわれる。
人間の家庭の養子となったネズミ”そんな特異な環境から彼の冒険が始まった・…。
様々な困難に遭いながらも勇気を持って立ち向かっていくスチュアートが家族の絆、友情、勇気を教えてくれる。
1999年度作品
声:マイケル・J・フォックス/藤原竜也
←これと同じイラストのB1サイズポスターを持っていたりなんかして。
あと、ポストカードにテレかとかも持っていたので、出てきたらまた今度アップしますです。
引越ししたまんま荷物整理していないという……何年経つのよー!? 3年半…かな……?

右の絵は"2"のTV放送(2005,March,22)を観ながら走り描きしたものです。
ハムスターしかり、ピカチューしかり、ねずみ系にめろめろ弱い私です。
リアルさとCGアニメが上手く合体し、リアルなねずみの頭部を持つ5頭身2本足立ちキャラクターの本来ならバランスの悪くなるところが、愛らしい表現にもっとも成功した作品だと思います。
吹き替えに関しては、文句なしでございました。
今までのマイケル君の声の担当をしてきた方々ってなんだったの!? って言うくらいに、ぴったり。
ネズミが兄として引き取られてくると言う設定自体がファンタジーなので、突っ込みどころはいろいろあってもすべてが許されるという物語 【なんじゃそりゃ(; ・`д・´)
元々家にペットとして飼われていた"猫"は当然面白くないわけですよ、飼い主の一員として"ネズミ"がやってくるわけですから。
家猫と言うだけで外猫連中にからかわれているところに、飼い主がネズミというだけでも一大事です。
で、外猫連中にばれる前に追い出すために、いろいろいじわる開始するんですが、ポジティブすぎるスチュアートには通じません。
ネズミが兄だとふてくされていた弟も、スチュアートの活躍で打ち解けて家族として営み始めたとき、スチュアートの家族だと名乗り出てきたネズミ一家が出てきて……急展開。
定番と言えば、昔からの定番の展開なんですけどねー、まぁ、そこはネズミだという。
ネズミと人間は会話が出来て、猫とネズミも会話が出来て、猫と人間はペットと飼い主の関係で会話ができないという……妙な突っ込みどころ!
受け取り次第だと思うのですが、『2』より『1』のほうが面白かったと思いますし、スチュアートもリアルだったような気がかなりします。
アニメチックな鳥さんが傍いるから、スチュアートもそれにつられてリアルに観えなかったのでしょうか??

だんだんアニメチックになってきたと思っていたら、ついに"3"はCGアニメになってしまいました……。
こちらの作品はまだ観ていていないので、なんとも書けませんが~
でも、子どもキャラの顔がおっさん臭いっていうのは……w
………よく見たら、これって上の"1"のパッケージをそのままカトゥーンにしただけでは……よく言えば対!?
TOP PAGE △